債権回収と契約書
A社は、コンピュータ関連のシステム開発や機器の販売等を行う会社で、創業以来15年が経過し、堅調に顧客を増やしていました。特に、A社は技術部門が非常に優秀であり、営業も技術出身者が行っているためきめ細やかで迅速な対応が可能になっており、それがA社の堅調な業績の要因でした。
ところで、このようなシステムの開発は、事前にきちんと仕様や目標とするシステム内容が確定することは少なく、むしろ開発や導入をしていく中で、少しずつ気付いた点や追加の要望を聞きながら、完成像を作って行くことが多いのです。
この社長さんも、そのようなご苦労が多いようで、「今、システムを導入中のB社から、開発に入ってから、色々と無茶な追加要求を言われて困っている。」というお話しをお聞きしました。
社長さんのお話によると、このB社のシステム開発は、1億円近い開発金額になるそうで、すでにもともと頼まれた仕様については8割方完成しているが、途中で出た追加要望に対応するのに時間がかかっているということでした。
また、契約書は特になく、発注書があるだけであるということでした。
私は、このような場合、後に代金支払の段階にになって、「○○も頼んでいたのにできていない」とか「○○という性能があるということで頼んだのにその性能がない」などと言われて、支払を受けられなかったり、一方的に減額されたりする例がよくあることから、このA社に対しても、今からでも遅くないので、契約書とシステム仕様書をきちんと作成し、発注内容や支払い条件などを明確にしておくように勧めました。また、そのような点に配慮した契約書を私の方で作成し、それをお渡ししました。
A社の社長さんは、私のアドバイスに従って、私がお渡しした契約書をB社に持ち込み、これに双方押印して作成されました。また、仕様書についても、その段階で確定していた発注内容や性能などを記載して明確なものを完成し、B社に渡すとともに、B社の担当部長の確認印を頂きました。
その後も、B社からは、途中で色々な追加注文がなされましたが、A社は、それもサービスだと考え、無償でこれらに対応しました。
ところが、最終的にA社が完成したシステムをB社に納品したところ、B社から、「従来のシステムで使用していたこれまでの過去のデータを新しいシステムに入力する作業が終わっていないので、システムが使えない。その作業をしてもらわない限り、納品とは認められないし、代金は支払えない。」などと言われ、代金の支払いを留保されました。
しかし、A社が私と相談の上作成した契約書や仕様書には、きちんと「納品:システムをB社の事業所内の指定の場所に設置し、システムが起動し、仕様書記載の各機能が正常に動作する状態にすることで、納品を完了したものとみなす。なお、通信環境を介したインターネットへの接続、従前のシステムからのデータ移行作業等については、Aの作業範囲および責任範囲外とする。」と明記されていました。
そこで、A社は、これを根拠にB社に対して、「もともと、そのような作業は発注内容に入っていません。」という交渉をしましたが、B社は、強硬に、「直ぐに使えないシステムに金は払えない。それをしないなら、残金は支払えない。そちらの人員を派遣して、作業を行ってほしい。」の一点張りでした。
この時点で、残金は3000万円程残っており、一方、B社の要求する作業を行うためには、A社の技術スタッフを1カ月弱貼りつけなければならない状態でした。
A社としては、すでにそれまでにもB社の様々な追加要求をやむなく受け入れ、無償でこれらの対応をしていたこともあり、これ以上の理不尽な負担には応じられないと考えました。
また、実際にも、このようなB社の追加要求に対応したため、経費が膨らみ、このシステム開発による利益は僅少になることが見込まれていましたから、これ以上の要求に応じて赤字の仕事になることも避けなければなりませんでした。
そこで、私は、A社の社長さんとも相談し、証拠関係上もこちらが圧倒的に有利であるので、訴訟もそれほど長期化しないだろうと判断して、訴訟を提起することにしました。
訴訟では、この契約書と仕様書が大きな証拠となり、訴訟提起当初から、裁判官も強力に和解を勧めてくれたこともあって、訴訟提起から約3か月で和解が成立し、B社は速やかに残金全額を支払うこと、これに対して、A社は、B社のスタッフが効率的にデータ移行作業ができるような技術指導を行うため、技術担当者を2日間B社に派遣して研修を行うこと、という条件で解決しました。
この件も、もし途中に契約書や仕様書を作っていなかったら、裁判そのものも勝てたかどうかわかりませんし、また、仮に勝てたとしても相当長期間を要することが予想されますので、早期に売掛金を回収するためには、相当の譲歩をした上での和解を強いられたと思われます。
このように、債権が回収できなくなる理由は、単に相手方の経営状態が悪くなったということだけではありません。契約内容が不明確であるとか、契約書等の書類に不備があるといったことから、債権回収がうまくいかなくなる事例は、しばしば見られるところです。
債権回収と言うと、相手方の動向にばかり目が向きがちですが、一度、自社で使用している契約書や発注書、仕様書などが、トラブルを誘発しないものかどうか、きちんとチェックしてみることが必要です。
注)本原稿は、実際の事件を基にしたものですが、依頼者の秘密保持の観点から、内容等については、若干の修正を加えております。
















