第6回 実録!新卒切り
「では九州支社まで履歴書と成績証明書を郵送してください」
K大学に通うMくんが、土木関連企業であるP社の人事担当者から電話でそう言われたのは、夏休み真っ盛りの8月初旬の事でした。
大学で土木工学を学ぶMくんにとっては、それを活かせる仕事が就職にあたっての第一希望です。
ところが急激な景気の後退を受け各企業が新卒採用を絞り出した結果、四回生の夏になってもMくんの就職先は決まってはいませんでした。
そんな時にたまたまインターネットの新卒求人サイトで見つけたのがP社の募集です。Mくんはすぐに電話をかけ、会社訪問の希望を告げました。
履歴書を送ってから数日後、Mくんのもとに企業説明会の案内があり、続く筆記試験、支社長面接、年が明けての役員面接とトントン拍子に話しが進み、それまで就職先が決まらなかった事が嘘のように、MくんはP社の内定を見事に勝ち取ったのです。
世間では内定取消が社会問題化していましたが、P社の人事担当者から「うちは大丈夫」との連絡もあり、Mくんは安心して卒業式を終えました。
そして四月。ついに初出社の日です。
今日から同期とともに半年間の研修がスタートします。最初の一週間は座学、そこからは実際に現場に出ての実地研修です。慣れない早起きに座学の時間はあくびをかみ殺すのに苦労しましたが、実地研修は大学で学んだ知識が活かせることもあり、毎日が楽しみですらありました。
ところが入社から三ヶ月が過ぎた頃、Mくんは人事担当者から急な呼び出しを受け、予想もしなかった言葉を告げられたのです。
「きみはうちには向いていないようだから、退職届を書いてくれないか」
「えっ…?」
「研修中に何度か居眠りをしていたようだね。それじゃ危なくてとても現場には出せない」
「ちょっと待ってください!」
確かにあくびが出そうになった事はありましたが、居眠りにはまったく覚えがないMくんは、身を乗り出して言いました。
「研修をされた方に聞いていただいたら分かります。居眠りなんか絶対にしていません」
「まぁ、そこはもういいから。会社としては研修中の本採用見送りとしてもいいんだけど、それじゃあきみの履歴にも傷が付くだろうから、ここは自分から辞めたかたちにしたらどうかと提案してるんだよ」
「そんな急に…。頑張りますから考え直してください」
「それは無理だね、もう決定してる事だから。会社からの本採用拒否か、自分から辞めるか。よく考えて結論出してよ」
人事担当者はそれだけを言うと、先に部屋を出ていったしまいました。
それからMくんは何度も研修の継続を訴えましたが、会社は一切聞く耳を持ちません。結局、自分からは退職届を書かなかったMくんは、7月31日に会社から解雇されてしまいました。理由は人事担当者の言葉通り、研修中の居眠りなどにより業務に不適と判断したため、でした。
しかし、Mくんはとうてい納得できず、これは内定取消と同じであるとして、裁判を起こす決意をしたのです。
これは実際に起こった事件です。
裁判の結果はまだ出てはいないのですが、P社が本当は内定の取消をしたかったことは充分考えられます。
ところが内定取消は簡単に行えるものではありません。これは、取消に対する損害賠償として100万円単位の解決金を支払った会社の存在や、内定取消をした企業名の公表という社会的制裁などを考えれば、当然P社も分かっていたはずです。
そこでMくんのケースのように、いったん採用をしておき、研修期間中や試用期間中に業務に不適として解雇をしてしまうというやり方を取った企業が、実は多くあったのです。
内定取消は経済情勢や業績予測を見誤った会社の責任ですから、損害賠償や社会的制裁の対象になりますが、業務に不適な社員を解雇するのは会社としては当然の事であり、特に試用期間中などであれば会社の解雇権も広く認められています。
つまりMくんのケースは、表向きは会社の正当な解雇権の行使と見えますし、そうであれば企業の責任を問うことも当然出来ないのです。
しかし、これを逆手に取って、いわば見せかけだけの採用をしてすぐに解雇するのは、内定取消と同じか、それ以上の不利益を労働者に与える事になります。内定取消であれば留年をして次の年の新卒採用に応募することも、損害賠償を求めることも、行政の専門相談窓口を活用することも出来ますが、単なる解雇や本採用の拒否であれば、当事者同士の話し合いに委ねられてしまうからです。
P社の本意がどこにあったのかは今後の裁判の行方を見なければ分かりませんが、仮に内定取消にあったのだとすれば、その責任は単なる内定取消よりは重いと言えるでしょう。



















