第15回 実録!計画停電

第15回 実録!計画停電

「つまり、計画停電が実施された場合は工場の操業を停止せざるを得ないということですか。で、操業停止によって現場の従業員を休業させた場合の給与をどうするかというのが、今日のご相談ですね」
福岡の社会保険労務士であるSさんは、メモを取っていた手を停めるとそう言いました。

「そうなんです」

応接テーブルをはさんで座っていた、R社のN社長が頷きます。

R社は大手自動車メーカーの協力会社として、車のハブやベアリングを製造しています。

当然ながら工場の動力の主力は電気。計画停電が実施されれば工作機械を動かすことが出来ず、操業も停止せざるを得ないのだが、その際の現場従業員の処遇について相談したい。朝一番でそう電話を受けたSさんは、その日の午後、N社長に事務所へ来てもらったのです。

「操業停止中は従業員も休業させるんですね」

Sさんはメモを見ながらもう一度尋ねました。

「ええ。少なくとも現場の従業員は休業させるつもりです。機械が動かせなければ出社してもらっても仕事がありませんから」

「確かに九州でも電気が停まる可能性はあるようですね」

今般の大震災により既に関東地方は計画停電が実施されていますが、今夏には九州でもその実施が検討されている。そう報道があってから、Sさんの事務所には計画停電が実施された場合の操業停止に関する相談が、複数社から寄せられました。

内容はR社の相談と同様、操業停止により休業した場合の従業員給与をどうするか、です。

「社長はどうお考えですか」

「正直、厳しいですね。操業が止まればうちは商品を出荷できませんから、お金も入って来ません。その状況で従業員の給与までとなると、かなりきついです。操業を止めざるを得ないのはうちの責任ではありませんし、やむを得ず従業員を休業させるわけですから、給与を支払う義務はないんじゃないかと思いますが…」

「そうですね。法律的には社長のお考えは間違ってないでしょうね」

「本当ですか」

N社長が、明らかにホッとした様子で言いました。

「ええ。労働基準法でも、事業主の責めに帰すべき休業の場合は休業手当として賃金の60%以上を補償せよ、とありますが、計画停電による休業は事業主の責任とは言えませんよね。さらに、休業中は従業員は労務を提供しませんから、ノーワークノーペイの原則で本来の給与の請求権も発生しません」

「つまり休業手当も本来の給与も支払わなくていいと言うことですね」

「計画停電の時間帯の休業に限っては、と言うことですが。関東地区の計画停電を見ても概ね3時間程度のようですから、その時間帯の休業は止むを得ないと言えるでしょう。但し、その時間帯を超えた休業となると、電気も来て操業が可能なのに休業させるわけですから、そこは休業手当なり本来の給与なりが必要でしょうね」

「分かりました。少なくとも計画停電の時間帯だけは、休業させて給与を払わなくても問題はないんですね」

「法的には問題はありません。ただ、社長にはもう一つ考えていただきたいことがあるんです」

「考えてもらいたいこと…?」

「はい。それは従業員の生活のことです。仮に8時間労働のうち3時間の計画停電による休業があったとして、その分の賃金カットを行うと、従業員の給与は約4割減になります。これが続けばおそらく生活が立ち行かなくなるでしょう。従業員が困窮すれば仕事に対するやる気もなくなり、生産性も落ちます。これはR社にとっても大きなマイナスでしょう。そうならないためには、安易に休業を選択しないことです」

「しかし電気が来なければどうしようもありませんよ」

「本当にそうでしょうか」

「と言いますと?」

「まず、本当に計画停電の時間帯は休業せざるを得ないかどうかを充分に検討してみて下さい。生産工程に入る前の下準備とか終わった後作業とか、電気が来なくても出来ることはあるんじゃないでしょうか。あれば休業させる必要はありませんよね」

「なるほど。それは現場と話してみましょう」

「操業の時間帯をずらすことも考えてみて下さい。例えば朝の3時間が計画停電の時間帯なら、始業時刻を3時間遅らせて、その分、終業時間も3時間遅らせる。8時間労働の枠でずらすのなら残業にはなりませんから、残業代の負担を考える必要もありません。それに、これなら生産高も落ちませんよね」

「なるほど、操業時間が変わらなければ生産量も維持できるわけですか」

「その上でどうしても一部休業をせざるを得ないのであれば、せめて休業時間中は60%の休業手当を支払ってはどうでしょうか。これなら従業員の賃金もある程度は補償されますからやる気も落ちません」

「そこの負担が正直きついんですよ」

「助成金を活用されてはどうですか」

「えっ、助成金?」

「そうです。計画停電による止むを得ない休業の場合で休業手当を支払ったときは、その一定額を助成金として国から貰える制度があるんです」

「本当ですか!」

「はい。雇用調整助成金と言います」

「先生、それ、もう少し詳しく教えて下さい」

N社長が、座っていたソファから身を乗り出します。

Sさんはキャビネットから取り出した助成金のパンフレットをテーブルに広げると、内容の説明を始めました。

これはわたしの事務所に実際に持ち込まれた相談事例に、ある程度の脚色を加えたものです。

九州の計画停電は、報道によると『現在、定期点検のため休止中の玄海原子力発電所の運転再開が福島原発の影響から無期限延期となり、夏場の電力需要を賄いきれない可能性があるため』とのことでした。

ただ、『計画停電の可能性は否定できない』と言った内容でしたから、実施を断定したものではありません。

しかし、実施の可能性がある以上、それに備えた事前対策を準備しておくことは、経営の観点からはやはり必要でしょう。

電気が来ないことで事業のどの部分を止めざるを得ないのか。止めた場合でも従業員の休業を回避するための策はないのか。休業させた場合の給与補償はどうするのか。給与補償に対する国からの助成制度はどうなっているのか。

従業員に関することだけでも、この程度は当然考えておくべきです。

また、ここでは触れてはいませんが、操業を一部停止することが事業全体にどのような影響を及ぼすのか。顧客への対応はどうするのか。資金繰りに窮することはないか等々、かなりの課題をクリアにしておかなければ、実際に計画停電が実施された場合は事業が大きく混乱するかも知れません。

そうならないためにも、早い段階で、まず出来ることから手をつけることを強くお勧めします。

最後になりましたが、今回の震災で被災された方々には心からお見舞いを申し上げます。

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島村 進(しまむら すすむ)

社会保険労務士

1961年神奈川県生まれ。近畿大学法学部法律学科を卒業後、広告代理店入社。その後、経営者団体相談員を経て、平成8年、社会保険労務士試験合格。平成11年、福岡総合労務管理事務所設立。通常の社会保険等の手続き業務に加え、企業防衛のための就業規則の作成など労務管理に関する法的整備のコンサルティング、事業承継・事業再生における労務問題対応、労働者・退職者との労使紛争解決支援、訴訟対策支援など、企業における労務の「困った」の解決に力を入れている。

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