T社は30店舗のファミリーレストランをチェーン展開する、県内でも有数の優良企業。Aさんは正社員としての勤務年数はまだ5年少々ですが、大学生としてのアルバイト経験も含めると足掛け10年となり、仕事振りはベテランと言えます。それでも20代の店長就任は、長いT社の歴史の中でも史上2人目の快挙でした。会社での位置付けは管理職。給料も、店長手当てなどを含めると今の1.5倍近くとなり、プライベートで結婚を控えている事も考え合わせると、まさに「春が来た!」と言う心境でした。
しかし、Aさんの地獄はここから始まったのです。
ようやく空が白み始めた午前6時、Aさんは車で家を出ます。本当は自家用車での通勤は禁止されているのですが、この時間はまだバスの始発もなく、やむを得ずと言う事で会社も特例的に認めていました。
Aさんが店長を務めるお店に着くのが6時半。夜勤のナイトマネージャーと勤務を交代し、お客もまばらなフロアの掃除から仕事が始まります。以前は、掃除は外注として掃除専門の会社に任せていたのですが、売上の減少から経費節減が至上命令となり、掃除も店舗のスタッフの仕事となりました。しかし、スタッフと言ってもこの時間に入ってくれるアルバイトはなく、止む無く店長自らが行わざるを得ない状況が続いていました。ここから少ない人手で朝食の来店客をこなし、ファミレスのピークである昼前に、ようやく主婦のパートタイマー達が出勤して来ます。しかし、同じく経費削減の至上命令から店舗が雇えるスタッフ数は本部からぎりぎりに押さえられており、パートタイマーを入れても、店長が店に立たざるを得ない状況は変わりません。
昼食のピークが過ぎると来店客は少し落ち着きますが、主婦のパートも帰るため店長の負担は同じ。ここから夕食の来店客が引けるまで店長は厨房とフロアをこま鼠のように走り回ります。
ようやくお客が減り始めるのが夜の9時。しかし店長の仕事は終わりません。
今日はじめての食事であるパンを口に押し込みながら、1日の売上を集計し、来月のアルバイトのシフト表を作り、食材の在庫を確認して発注をし、締め切りが迫っている本部への月別報告を作成します。
こうして夜の11時半。
ナイトマネージャーの出勤で、Aさんの長い長い1日はようやく終わりました。
明日は本来ならば休日です。
しかし、来月から始まる秋のフェアの企画会議が本部であるため、Aさんは店舗にこそはでませんが、仕事で出勤には変わりません。月に6回はあるはずの休日も、会議や研修、視察などの日程がびっしりで、店長になって以来一度も取ってはいませんでした。
本部で会議があるたびに、Aさんはこの過酷な勤務状況を訴えようと考えるのですが、同じように訴えた別の店長たちが、食材倉庫の管理に飛ばされたり、パートの人件費負担が店舗の運営にどれだけ支障かを皆の前で叱責されたりしているところを目の当たりにして、なかなか言い出せませんでした。店長になったときの研修で、本部の人事部長から、店長は自分の店舗では経営者と同じであり、労働基準法上も管理職は労働時間の自由裁量があるから残業代を付けなくてもよい、と教えられた事も言い出せない理由です。
しかし経営者と言われても、店舗の予算もアルバイトの人件費の総枠も全て本部が決めており、人員を補充する事も勝手には出来ません。いつも人手不足で、その分店長が働かざるを得ないのですから、労働時間を自由に決める事も物理的に不可能です。他のベテラン店長達も、何度もこの点を会社に訴えたようですが、今だに改善はされず、逆に店長から外されたりしていることを考えると、言い出す決心も鈍ります。
でも明日の会議では言いたい。そう思いながら車を運転していたAさんを、軽いめまいが襲いました。ここ1ヶ月ほど、特に早朝や深夜に起こるめまいですが、ちょっと疲れているのだろう程度で気にしてはいませんでした。しかし今日のはいつもよりもひどく、車の運転にも支障が出るくらいでした。
そんな状態のままなんとか自宅へ辿りついたAさんを、結婚したばかりの奥さんが迎えます。Aさんを一目見た奥さんは声を失いました。その顔色が紙のように真っ白で、目の焦点が定まっていなかったからです。
奥さん:「大丈夫!?」
奥さんの言葉に、Aさんは玄関先へ座り込みながら頷きました。
奥さん:「どうしてこんなになるまで働くの!」
Aさん:「何でって、店長だから…」
奥さん:「店長って、そんなに毎日朝から晩まで働いて…。あたし、あなたの働いている時間をずっと記録してたのよ。あなたの給料をその時間で割ったら、あなたの時給、お店のパートの人達より安いのよ!」
Aさん:「俺の給料、パートより低いのか…」
つぶやいた瞬間、Aさんを激しいめまいと頭痛が襲いました。
Aさん:「ぐわっ」
一言叫んだきり、Aさんの意識は途切れました。
これは、実際に起こった事件です。
Aさんの勤めるT社は、その後Aさんの家族から「名ばかり管理職」として訴えられ、裁判で二億円弱の損害賠償などを命じられました。内容については想像や脚色の部分がありますが、それは「名ばかり管理職」と会社が言われないためのポイントを明確にするためです。
管理職が「名ばかり」かどうかのポイントは次の通りです。
- 会社が「名ばかり管理職」の過酷な勤務状態を知っていたか。
- 知っていた場合は漫然と放置していなかったか。知らなかった場合は知る努力をしたか。
- 実態として、管理職に勤務時間の自由裁量が可能か。
- 管理職が、予算や人事など経営に参画する権限があるか。
- 実際の給与が管理職にふさわしいものか。
「名ばかり管理職」問題は決して他人事ではありません。あなたの会社で、明日起こるかもしれないのです。
起こさないための労務管理を、ぜひ心がけてください。















