事業承継 第3の道「事業承継型 M&A」~M&Aで会社名も従業員もそのまま引き継ぎハッピーリタイア~(リヨー電機株式会社 前代表取締役 西浦昇さん)

事業承継 第3の道「事業承継型 M&A」~M&Aで会社名も従業員もそのまま引き継ぎハッピーリタイア~(リヨー電機株式会社 前代表取締役 西浦昇さん)

中堅・中小企業の事業承継は、第1に自分の子供や親族への承継、身内に後継者が不在の場合は第2の方法として従業員への承継を考え、親族や従業員が引き継がない場合は事業の清算(廃業)を考えるのが今までは一般的でした。
現在、事業承継の第3の方法として「M&A」が注目されています。

リョー電機西浦社長.JPG
リヨー電機(株)前社長の西浦さんは昭和44年に配電盤メーカーを設立され、今年で45周年を迎えられました。身内に後継者がいなかったことから、十数年前から後継者探しや売却先探しなど事業承継について検討されていましたが、なかなか相手先が見つからないという状態が続いていました。そのような中で、1ヵ月後には廃業すると決心されていた時に今年4月福岡商工会議所のM&A情報により売却先が見つかり、5月に念願の事業承継を果たされました。
そこで、今回の「事業承継M&A」について西浦さんが以前から相談してこられた(株)NCBリサーチ&コンサルティングの佐藤部長にも一緒に「事業承継M&A」成功の秘訣を語って頂きました。

-事業内容を教えてください。

【西浦氏】
配電盤メーカーです。ビルや学校や工場など建物を建てる場合、電気設備がいるんですが、そういう配電盤や受電盤を作っている電機製造業になります。

-沿革を教えてください。

【西浦氏】
昭和44年に有限会社リヨー電機として設立しました。今年でちょうど45周年になります。
創業する前に小さな会社にいましたが、その会社が倒産してしまい何かをしようということになりました。元々営業をしていてお得意さんもいたので、そのお得意さんを引き継ぐような形でもう一人の仲間と2人で始めました。
最初は博多区東比恵で始めたんですけど、賃貸の町工場で狭いものですから、4、5年すると自分の工場を持ちたいとか、広いところに移りたいと思うようになりました。ちょうどその頃に篠栗町と福岡市が福岡東鉄工団地の募集をしていましたので、応募して昭和51年に現在の粕屋郡篠栗町に移転しました。
リョー電機会社外観.JPG
-取引先や顧客は何社くらいありましたか。

【西浦氏】
お得意様は100社くらいありました。福岡県や市、学校関係、工場などですね。主に官公庁の仕事をしていました。
仕入先はメインが10社か20社くらいで、雑材などまで含めると50社くらいです。

-事業承継前、会社はどのような状況でしたか。

【西浦氏】
十数年前から不況で公共投資が減って、過当競争になっていました。仕事も半分以下に減ってしまい10年程前からずっとジリ貧状態が続いていました。特にこの1年くらいはほとんど仕事がなく、従業員は来てもすぐに帰っているような状況でした。

-事業承継については、いつ頃から考えてありましたか。

【西浦氏】
不況の頃からですので、十数年ほど前から考えていました。
というのは、私のところは子供が女の子3人で男の子がいないんですよ。みんなサラリーマンや自営業に嫁いでいて後継者がいないので、親戚も探したんですけど誰もいなかったですね。

従業員を後継者にと考えてやっていた時期もあります。
7、8年くらい前にたまたま私が以前いた会社を辞めて入ってきた人で、設計についてはベテランでしたので、設計をしながら営業もしてもらっていました。52、53歳くらいで営業は初めてということでしたけどまじめでしたので、その人を後継者ということで、部長から専務執行役員にしてやっていました。
でも、資本があるわけではないし、連帯保証とかになると誰でもそうですけど、なかなか都合良くいかないということですね。特に不況の中では。
景気のいい時はいいんでしょうけど、この10年来は売上が半分とか3分の1くらいにまで落ち込んでしまい、不況業種の典型でしたからね。

たまたま、役所の仕事をしていたので、防衛庁とか国交省とか官庁のエリアを広げていって仕事もずっともらい出してはいたんです。それで実績を作って、新日鉄さんとか、大手企業さんとか、何とか仕事をつなぎながら細々とやっていたんですけど、やっぱり過当競争にはなかなか対応できませんでした。
それで、NCBリサーチ&コンサルティングの佐藤部長に3年ほど前から相談していました。

【NCBリサーチ&コンサルティング:佐藤部長】
3年前に相談を受けてから、いろいろマッチングのために動いたんです。
ところが、これはという地場の同業の方に提案をしても、自分のところの仕事を確保するのが精一杯で、とても手を広げられないということでした。何社も当たりましたが引き受ける企業はなかったですね。ですから、西浦社長とお話しをするまでの案件と、その前で終わった案件を合わせると10社くらいマッチングを考えたけれども、うまく進まなかったというのがこの3年間ですね。

-今回の売却先が見つかるまでの過程を教えてください。

【西浦氏】
10年前から仕事は減るし、売上は落ちるというジリ貧状態がずっと続いてきていて、その状態が何年も続いたら倒産するか、閉鎖するしかないなと思っていました。鉄工団地の周りの会社もこの4、5年くらいで、2社が倒産して、1社が売却して、それでだんだん順番が回ってきてるなと思っていました。
でも、地元にいて倒産するわけにはいかないし、今なら個人資産を全部出せば銀行の借入金を返済して清算できるから、廃業しようと思っていたんです。
そういうつもりで最終的に弁護士に相談したら、「銀行に直接相談したらいいですよ」と言われたので、まずいかなと思いながら昨年5月に取引銀行の支店に相談しました。

そうしたら支店長から銀行の本部に情報が伝わって、本部から担当者が来てくれました。
それで候補先が何社あるとか、ないとかという話しになったんですけど、私も3年ほど前に佐藤部長に相談して実現に至らなかったので、多分これはないだろうと、閉鎖しないといけないなと覚悟はしていました。取引先には迷惑をかけないようにしようと思っていましたが、従業員はリストラして辞めてもらわないといけないので、ジレンマだったんです。

どうしたものかと思っていたら、たまたま今回のM&Aのお話がありました。
相手先は大阪の会社で日新明弘テック(株)さんです。部品の販売が主ですがちょうど同じ系列で、M&Aをしながら商社を5社、製造業も5社、全部で十数社にまで大きくされてきた会社でした。全国に拠点があるのに九州だけ製造拠点がないということで、以前から九州進出を考えてありました。
福岡でもM&Aで商社を買収されていたんですけど、製造拠点というのは九州になかったんです。それで九州に製造拠点をということで私どもが候補になり、同社の守谷社長が気に入ってくれて大阪からすぐに見に来てくれました。会社の名前も残るし、従業員もそのままそっくり引き受けてくれる、材料とか設備もそのまま残るということでしたので、「それではお願いします」ということになり、とんとん拍子で決まりました。私どもの営業所が大阪にあったんですけど、私も10年前に取引があって同社の名前は知っていました。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
銀行から「西浦社長が会社を閉めることを具体的に考えている」との情報が入ってきましたので、これは急がないといけない、とにかく探そうということで当社のほうで地場のマッチング企業を1社探しましたが、衰退業種であり難しいとの返事でした。
それで「ダメだった」と銀行を通じてお話しましたので、西浦社長は1ヵ月後には会社を閉めるという覚悟を固められたようです。

その時にたまたま福岡商工会議所との情報交換で1社「買い情報」をもらっていましたので、その情報を出された企業の東京支社に電話をかけたんです。そうしたらノンネーム段階(企業名を伏せての意向確認)で「大いに関心がある」という返事でしたので、すぐに大阪の本社に電話をかけて具体的にお話したら、翌日に守谷社長が大阪から飛んで来られました。
1時間足らずの面談でしたけど経営者同士でお話しされて、お互いに信頼されて、細かいことは別としてその場で決まったんですよ。「信頼」そこが一番のキーでしたね。
私も横で聞いていて、これはすごいなと思いました。

-その時はどのような内容のお話をされましたか。

【西浦氏】
私のほうからは会社のシェアや状況などをお話ししました。
相手は九州に工場がないので九州に拠点を設けたいということや従業員もそのまま引き継ぐということと、会社の名前も残すということ、あとは材料や設備もそのまま使っていくということをお話しされました。
普通、業種が違うと従業員も辞めないといけないし、設備もそのまま使えなかったりしますが、会社の名前が残って、従業員も引き続き働けるということが一番良かったです。
技術もある程度あるので、営業努力をすればなんとかなるし、新規で始めるとすると5年から10年かかるわけですからね。
そういうところで意見が合ったので、「じゃあお願いします」ということで即でした。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
日新明弘テックさんが翌日来られたのは、1年以上前から九州に進出したいと探しておられたことと、時間経過による企業価値劣化防止のためだろうと思います。
同社はメイン取引のメガバンクを通じて、九州の情報を集めたが、なかなか具体的な情報が上がって来ないという状況でした。

そこで、日新明弘テック東京支社が福岡商工会議所のホームページの「M&A情報」を見て問い合わせがあり情報を得たのが今回の成功に結び付きました。
今回つくづく感じたことは、地場九州情報だけでなく、商工会議所のネットワーク力で広域・遠方からの情報を得ることの大切さです。関東、関西企業の「九州に進出したい」というニーズを発掘したことが、今回のM&Aに繋がったのです。しかも、ぎりぎりのタイミングでまとまりました。

【西浦氏】
私は3年前にもM&Aを検討していましたが、費用がかかるから私の方から止めたということがあったんです。その時から佐藤部長を存じ上げていたから話は早いし、だからいろいろな面でご相談して、安心できたのも大きな要因です。だから銀行だけだったらなかなかうまくいかなかったと思います。
佐藤部長が仲介を取っていろいろなところから情報を集めてくれたというのが大きかったと思います。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
私は、日新明弘テックさん側のアドバイザーで、本来は日新明弘テックさんの有利なように持っていくというのが私の仕事なのですが、途中からは西浦社長さんの相談役も兼ねるような形でした。
中小企業の場合、売られる西浦社長にも納得いただいて、気持ちよく売っていただかないと、そして買う方も気持ち良く買っていただかないとうまくいきません。
ですから、途中からは西浦社長の相談役にもなって、双方の納得する条件を導き出す事に力を尽くしました。
大企業のM&Aでは、双方のアドバイザーが丁丁発止ドライに火花を散らせるのですが、中小企業のM&Aでは、双方オーナーの「情」というかウエットな面にも配慮しないと話がまとまりません。
リョー電機西浦社長・佐藤部長1.JPG
【西浦氏】
だから交渉中の不平不満は全部佐藤部長に言って、佐藤部長に仲介を取っていただいたので、スムーズにいったのです。
そうじゃないと私は途中で「銀行などの言いなりになるのであれば止める」と言ったと思うんですよ。赤字決算で、累積債務も何千万もあるからどうと言われましたから。
それがないと途中でダメになったかもしれないし、こればっかりはわからないですけど。

-従業員の方に会社を廃業するかもしれないとか、売却するかもしれないとか最初にお話しされたのはいつ頃ですか。

【西浦氏】
今年の初めですね。いよいよリストラするということで話しをしました。
実際にこの1年間はほとんど仕事がないんですよ。従業員も来ても仕事がないからすぐ帰っていました。給料は休業補償で出していて、みんな必要な時だけ来てくれということにしていたので、今年になってほとんど仕事という仕事はしていないんです。そういう状態だから従業員もどうなるかなということで不安があったと思います。

-今回のM&Aについて従業員の方の反応はどのようなものでしたか。

【西浦氏】
M&Aの契約をした後、オーナーが代わることになったと話をしました。オーナーが代わっても、従業員は残るという話をしたら皆さん納得していましたけど、仕事がなかったので不安も感じたでしょうね。
仕事があればどんどん活気があるでしょうけど。

-従業員の方は皆さん辞めずにそのまま続けられていますか。

【西浦氏】
高齢の人やバイトの人には一部辞めている人もいますけど、前からいる人はみんなほとんど残っています。辞めた人も4、5人いますけど、それはしょうがないですね。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
M&Aでは会社を買っても、いわゆるガワだけを買ったのなら『コニャックの空瓶』に例えられ価値が無いのです。
そこで働いている社員さんたちが取引先との人間関係や、技術やノウハウ等の企業価値を持っているのです。
だから買い企業側としては、極力社員さんたちに残って欲しいという気持ちですね。
それで、雇用条件とかすべて変えずに今まで通りということでスタートされています。

-仕入先はどうでしたか。

【西浦氏】
仕入先には絶対に迷惑をかけないと言っていたから、信用してくれていたんでしょうね。大量の注文をしても大半はそのまま納品してくれていました。普通だったら仕事がないと、納品しないというのもあるんでしょうけど。
でも、今回オーナーが代わったから、仕入れ方も多分変わると思います。
だからお世話になったところには、今回こういう事情でオーナーが交代するという説明をしましたけど、不義理というか、交代する土壇場にしか言ってないから申し訳ないという気持ちです。長い間ずっと納品していただいたのには感謝しています。

-M&Aの過程で一番苦労されたのはどのようなところですか。

【西浦氏】
特にないですね。佐藤部長から紹介していただいてトントン拍子で、あまりにもスムーズにいきましたので今回のM&Aに関してはないです。
その1~2年前から仕事がなかったのが一番大変でしたね。競争が厳しくて普段の半値くらいでやらないといけないし、そうすると材料費や人件費がでないという感じでした。
ですから、ちょうどタイミングが良かったですね。

-今回の事業承継の満足度はいかがですか。

【西村氏】
佐藤部長にはいろいろ苦情を言ったり相談したり、うまくまとまるように助言していただいたおかげで何とか収まったので、ホッとしました。
会社の名前が残って、従業員がそのまま残ってやれるというのが最大のメリットですね。
ただ、経営者としては業績が良ければいいけど、業績が悪いと経営者が個人資産でかぶらないといけないから大変ですね。
私の場合良かったのは、銀行借入には今の工場だけが担保になっていて、個人の自宅などは担保に入れていなかったんですね。
でも、会社の借入の連帯保証があって、それは銀行に対する返済が終われば消えるんですけど、それを消す作業がなかなか進まなくて佐藤部長に相談しましたね。
全部事業の承継はしたもの、対銀行の個人の連帯保証が残ったままだったので、事業承継が実際には完了しないという状態がしばらく続いていました。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
西浦社長が退任されたので、西浦社長の連帯保証を外さないといけないのですけど、事務手続きに時間がかかっていました。保証協会等と打合せをして1つ1つ書類を取ったりすると時間がかかるんです。
それで私のほうから大阪の守谷社長にお話ししたら「西浦社長に迷惑は掛けられない。手続きが長引いているのであれば、返してしまえばいいだろう」と言われて大阪からすぐ送金し、借入金を完済して保証を終わらせてしまいました。
この一件で、守谷社長という方は、「信頼できる」経営者だと再認識しました。

【西浦氏】
いずれにしろ丸く収まったから、佐藤部長のおかげです。
あとは会社が軌道に乗っていけばいいですね。不況業種ですから大変でしょうけど、守谷社長は九州の我々のように甘い考えではないし、資力もあるし、営業力もあるので大丈夫だと思っています。

-これから事業承継を考えてらっしゃる方へのアドバイスをお願いします。

【西浦氏】
ギリギリになって考えても遅いので、やっぱり早い時期から誰に譲るか考えておかないといけないですね。
従業員に承継するということも考えていましたけど、実際には難しいでしょうね。
とことん自分が犠牲になってやるという、そこまでの覚悟がないと従業員への承継はうまくいかないと思います。待遇や権利は欲しいけど、「いやー、それはできません」とか、「連帯保証はできません」というのが多いですね。経営者というのは、やはりサラリーマンとは覚悟が違いますよね。
だから、利益を出して順調に業績の裏付けがあればいいけど、ジリ貧になった会社は難しいと思います。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
経験上、社内で従業員さんに譲るというのは難しいですね。株を譲るとなると株の譲渡代金を支払わないといけないのですが、まずその資金がないですね。仮にそこはなんとか頑張って出しても、今度は借入の保証人です。
本人は自宅を担保に入れ、借金の連帯保証人になろうと思っていても、奥さん、家族がダメとおっしゃるようですね。
ある会社では、「うちの専務が頑張ると言っていたけど、3日くらいすると専務がしょげて帰ってきて奥さんに絶対ダメと言われたと、『なんでこの家を担保に入れないといけないの?お父さんがなんで連帯保証人にならないといけないの?このままサラリーマンでいて』と言われて諦めました」という例もありました。
もし社内で譲るなら、自分の家屋敷を担保に入れて、連帯保証を続けたまま借入は当面残し、少しずつ譲っていくという風にでもしないと、いきなり借金全部を従業員に肩代わってくれというのは難しいでしょうね。

-M&Aの情報を出しておくというのも必要ですか。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
それは難しいですよ。会社を売るという情報が広まったら一変で仕事がなくなる可能性もあるので、M&Aというのは最後の最後まで秘密にしておかないといけないのです。
ですから、何処に、誰に相談するかが本当に難しいですね。
リョー電機西浦社長・佐藤部長2.JPG
-社長を退かれて現在はどのようなお気持ちですか。

【西浦氏】
今ホッとして、片づけとか掃除とか個人的なことをしています。それまでは仕事が趣味だったからですね。
私は、今年79歳になります。
年金暮らしですけど、なんとか年金で暮らしていけるんじゃないかと思っています。
ただ体力、気力が限界になってきていると思いますので、ハッピーリタイアできて良かったと思っています。

不況には業種転換して新たな業種を探していく能力とかノウハウがないとダメですね。
大手ですら廃業したりしているくらいですから。
メンテナンスとか修理とかはありますけど、そもそも設備投資がなくて建物が建たないからですね。
自分のノウハウで新規の開発をしていけばいいけど、我々の仕事は50年前と一緒なんですよ。だからそういうノウハウなり新技術がないと伸びきれなくて、ジリ貧にならざるを得ないですね。
そういう考え方なり、日新明弘テックさんのようにM&Aで新規に製造から販売まで吸収合併して伸びていくというノウハウがあればいいですけどね。

【NCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長】
日新明弘テックさんは、商社部門と製造部門を持つ企業です。M&Aで全国各地に製造拠点を作ってこられています。ですから商社と製造業の2本柱で、全体としてメリットを出すような形で広域展開しておられます。
同社の進出目標だったのに九州には商社部門の福岡営業所だけで、製造拠点が無かったのが、今回のご縁で製造拠点ができましたし、リヨー電機さんもあと数日ずれていたら解散というギリギリのタイミングで、両社にとって良い結果が生まれたと思います。
守谷社長は厳しい方ですが、きちんと約束を守る人ですので、西浦社長と「信頼」に基づくご縁があってM&Aがスムーズに運び良かったなと思います。
最初は非常に厳しいM&A条件でしたが、銀行の担当者が不動産の再評価等を行いリヨー電機はこんなに資産がある会社ですからと大阪まで再度行って、価格引上げ交渉をしたのです。少なくとも最初から比べ、少しは西浦社長のご希望に近いところの価格まではいったのではと思います。

日新明弘テックさんの話では、11月から本格稼働に入るとのことです。今からは社員さんも忙しくなるみたいですね。


【M&Aの流れ】

平成20年
西浦社長から(株)NCBリサーチ&コンサルティングに「事業承継M&A」の相談有り。
その後、地場企業と数多くのマッチングを試みるが需要減少業種であり話が進まず推移する。

平成23年3月 
西浦社長が会社を清算する覚悟を決めたとの情報が(株)NCBリサーチ&コンサルティングに入り、急ぎ地場企業とのマッチングを試みる。

平成23年4月
地場企業との交渉が不調に終わる。

平成23年4月
福岡商工会議所のホームページの「M&A情報」を見て日新明弘テック 東京支社より問い合わせあり。

平成23年4月
福岡商工会議所とNCBリサーチ&コンサルティング佐藤部長との情報交換。情報交換の中で配電盤の案件があることを双方わかり、当所よりを日新明弘テック を紹介する。

平成23年4月
守谷社長、来福。リヨー電機 西浦社長と面談、その場でM&Aを進めることで合意。
同日付で、秘密保持契約締結。

平成23年5月
株式譲渡に関する基本合意締結。

平成23年5月
株式譲渡契約締結。
西浦社長は代表取締役退任後、1ヶ月間同社顧問に就任し業務引継の円滑化を図る。

平成23年6月
西浦氏の顧問(業務引継)期間終了。


【レポーターのコメント】

近年、中小企業経営者の高齢化が進む中、後継者の確保が困難になりつつあり、M&Aによる事業承継が注目されています。
中小企業白書2011年版によると、中小企業が事業を譲り渡す目的としては、「適当な後継者が見つからない」が約7割と最も多く、次に「雇用を維持するためには事業の引継ぎが望ましい」が続きます。
一方で、中小企業が事業を譲り受ける目的は、「既存事業の強化」、「既存分野での規模拡大」が約5割も占めています。
このように事業引継ぎが双方で求められている中で事業引継ぎ時の課題としては、「事業の引継ぎ先を見つけるのが難しい」と回答する企業が最も多く、企業間のマッチングが事業引継ぎの最大の課題になっています。

事業承継が行えない場合は廃業せざるを得なくなり、廃業によって従業員の雇用が失われるとともに、長年の積み重ねの中で蓄積してきたノウハウや技術力などの情報的経営資源も失われることになってしまいます。情報的経営資源は一度失われてしまうと簡単には再構築できず、日本の中小企業の競争力低下にもつながりかねません。

西浦さんは事業を承継してくれる子供がいなかったことから、10年ほど前から親戚など親族内への承継や従業員への承継も検討されてきました。しかし、そのいずれも難しかったことからM&Aによる第三者承継も検討されてきましたが、中小企業白書にもあるようにM&Aの売却先が何年も見つからないという状況が続いていました。
そして事業承継を諦め、廃業を決意された矢先に福岡商工会議所の情報から「既存分野での規模拡大」を目指して九州への進出をしたいと考えていた同業の企業とのマッチングがかないました。
今回のM&Aによる事業承継では会社名もそのまま残り、西浦さんが最も心配されていた従業員もそのまま引き継がれ、雇用もこれまでに蓄積してきた情報的経営資源も守ることができました。

配電盤は不況業種で先行きが厳しいとのことですが、M&Aにより成長してきた企業の営業力のもとで、これまで積み重ねてきたノウハウや技術力を活かし、再び事業が活性化することが期待されます。

【売却側】 会社名:リヨー電機株式会社

住  所:福岡県粕屋郡篠栗町大字和田1043‐7

TEL:092‐947‐4401   

業務内容
各種施設の電気設備附帯機器/キュービクル/配電盤/分電盤/端子盤・保安機器・各種設備の自動制御盤/水処理/冷凍冷蔵/空調/温室/プラントその他システムソリューション

URL:http://www.riyo-denki.jp/

【買収側】 会社名:日新明弘テック式会社 代表取締役  守谷 公男

住所:大阪府吹田市豊津町11‐36

TEL:06‐6338‐5311   

業務内容
計装機器・制御機器の販売、プロセスコンピューターシステムの設計・販売
省エネ・省力化システムの設計・販売、環境測定計器及びシステムの設計・販売
パソコン集中監視システムの設計・販売、制御盤・動力盤の設計・販売
画像検査装置の設計・販売、その他検査装置の設計・製作
電気工事・計装工事の設計・施工、工業計器・自動弁のメンテナンスサービス   

URL:http://www.asutec.com/

大串明子

レポーター:大串 明子(おおぐし あきこ)

中小企業診断士、1級販売士、経営学修士(MBA)

外資系コンピューターメーカーでコンサルティングやシステム構築に携わり、その後、投資会社で経営管理実務を経験。2008年に独立・開業し、経営コンサルタントとして活動している。九州大学ビジネススクールで、IT系ベンチャー企業における内部資源の活用にもとづく成長戦略について研究し、現在も福岡市のインキュベートアドバイザーなど創業支援を中心に、事業計画の策定や経営革新計画の策定など中小企業の支援を行なっている。

参加募集中のイベント

お問い合わせください
募集中イベントについては、窓口までお問い合わせください。
電話 092-441-2161 まで

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