後継者は、後姿を見て育つ(2010/8/9開催)

後継者は、後姿を見て育つ(2010/8/9開催)

福岡商工会議所では、事業承継を考える経営者や後継者の為に、今年度も事業承継セミナーを開催します。その第一回目として、事業承継を実際に行なった経営者が、後継者問題等について講演します。
創業から、カレー専門店への業種転換を経て、一大全国チェーンへと事業を発展させた経営者が、どんな方法で、どんなタイミングで事業承継を行なったのか。また後継者の育成をどのような心構えで成し遂げたのか。後継者や元後継者、将来的に後継を予定される方等のご参加をお待ちしております。 

本文の後ろに添付資料がございます。印刷してご利用ください。

事業承継 中小企業応援センター事業

皆さん、こんにちは。今日は名古屋からやって参りました。世の中、何もかもが厳しいのですが、暑さも今年は例年になく厳しいですね。特に名古屋は気温が6日連続、35度、36度くらいでした。今日はちょっとひんやりするような冗談も織り交ぜながら進めたいと思います。

事業承継については、私は簡単に考えて事を進めたのですが、振り返ってみると、日本一の事業承継の成功事例だったと今でも言えるのです。経営を全部委ねてもう8年になります。今の社長にもう全て任す以上は、役員にも残りませんでした。役員に残って、役員会議、部長会議、株主総会、そんな所に出ると、また余計な事も言いたくなるし、事前に報告をしてくれなければ腹も立ちます。そういう事はお互いの為にならないから一切止めよう。私が見込んで、この人なら大丈夫と決めた後継者が見つかり、育ったのですから、もう全部お任せしようという事なのです。「そんな例はありませんよ」と今でも言われます。

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昭和53年に個人で創業した会社が、今年32年を迎えました。素人が始めたカレー専門店のカレーハウスCoCo壱番屋、通称ココイチというお店は、毎年毎年小さな目標を追いながら、朝から晩まで現場主義を貫きました。勿論自分では頑張ったつもりはありません。普通の事を、経営者だから普通にやって来たという程度なのですが、それでもお客様の方を向いた商売、仕事をしていましたから、必ず目標には到達します。目標に到達したら、その段階で次の目標を設定していたのです。

どういう訳か向上心というか、拡大思考というのは自分の中にもあったのでしょう。毎年毎年目標をクリアしては、次の目標へ進み続けたのです。私は、前身の喫茶店から28年間働きました。きっと28回の目標をクリアしたら、奇跡のような夢は叶うと思います。私は今、朝早く起きて4冊目の本の原稿を書いているのですが、題名は「夢を持つな、目標を持て」です。

やたらと「夢を持て!」、「夢は大きい方が良い」、「夢を書いて貼って」等、そんな本がやたらと出ています。5歳、10歳、15歳だったら勿論夢も必要です。将来宇宙飛行士になりたいだとか、花屋さんになりたい、ケーキ屋さんになりたい。そういう夢は、子供さんでしたら、「ああ、そうなの」と聞いてあげられますが、大人がいくつになっても「俺の夢はこうだ」とか言い続けても誰も真に受けないし、じゃあ応援しようか、という事にもならないのではないですか?それよりも、確実なる目標を持つことです。目標を追うのです。少々苦労しても、上手く行かない事があっても、目標があれば乗り越えられます。

事業承継についても簡単です。必ず何人かいる役員の中に1人くらいは背中を見て付いて来てくれますから。経営者、社長を追い越してくれます。ふと気が付いた時に、「あ、私よりも素晴らしいぞ」と思えたので、私はもう全てを委ねたのです。もっとも、会社に魅力がないと駄目ですね。出来たら、増収、増益を続けている。今は多少厳しいけれども、競争に晒されて、利益もあまり上がらない、売り上げも横ばいでストップしているけれども、将来この商売は、この商品は、絶対に魅力があるという、何か魅力があれば次期社長候補の人が、「私にやらせて下さい」と手を挙げてくれます。だから、良い状態で会社を経営するというのが、良い後継者に引き継ぐ最良の方法ではないかと私は思うのです。
 
ただ、先代の経営者というより創業経営者から見たら、どんなに素晴らしい後継者候補でも気に入らないのでしょうね。代表権を持ったまま会長に一旦は退いて、まあ退いてはないのでしょうけれど。代取社長を据えても上手く行くわけがありません。毎日同じように会社に行くと、粗ばかりが目につきますから、「自分なら絶対にそんな事はしないぞ、お前何をやっているのだ」という事になり、社内の雰囲気は悪くなり、社員さんや役員さんはどっちを向いてよいのやらという事になりかねない。そういう例は山ほどあると思います。
 
引退した私の今の日課は、4時に起きて広小路通りという目抜き通りを405mの間、名古屋市様に散水栓を5ヶ所開けてもらい4時間掛けて歩道脇や分離帯に植えた花に散水をしています。今はハイビスカスが約2千植わっていて、ポーチュラカが2千、マリーゴールドが2千、全部で6千株を植えました。冬はパンジーとビオラを約5、6千植える予定でいます。自分で草を取って、自分で土を柔らかくし、自分で植えるのです。勿論ボランティアの人も手伝って下さいます。今日は雨が降りその水まきがなかったので、枯れかかった所の剪定作業をしたり、雑草を抜いたりを6時半くらいから8時までの1時間半ほど行いました。6時半までは、色んな事を誰にも妨害されません。4時5分くらいには、毎朝タイムカードを押しています。365日、毎日です。休みも取っていませんというより、いりません。
 
長期の海外旅行をするようになり、この時はできませんから、お休みすることになります。つい最近第2回目の大きな旅行をしました。フランス、アルゼンチン、アメリカをぐるっと回って来ました。ヴァイオリンコンクールや、フランスで著名な音楽家さんにお会いするという事もあって、朝掃除は15日くらい休みました。1回目の旅行は昨年の秋でしたが、それまでは長期の旅行を殆どしなかったのです。

そういう時は別ですが、普段は3時55分くらいにセットしたベルが鳴り、下に降りて(タイムカードの)打刻をすると4時5分です。自称3流経営者。人から言われたら私も怒りますが、自分で言う分には良いのです。自称3流経営者でも、朝2時間、3時間、4時間、早くから一人余分に働いて、夜遊びは一切しません。飲み屋さん、スナック、クラブに初めてデビューしたのは、引退したここ6、7年前からです。それも、2回程行って、それ以来行ってないですね。

映画館にも1度も行った事がないですし、私の唯一の失敗は、41、42歳でゴルフをやったという事です。経営者ともあろう者が、ゴルフなんてしては駄目ですよ。ゴルフ場の人はいませんか?大体時間が勿体ない。体力が勿体ないし、お金が勿体ない。ゴルフをして、上手くなって、誰が喜びますか?本人は欲求を満たして嬉しいのでしょうが、家族や社員さんやお客様や取引先は喜びません。

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昭和の時代はまだ良かったのです。「社長、好きな事をやっておいて下さいよ、会社は任せて下さい」、社長がそんな気楽な仕事ぶりでも、増収、増益、右肩上がりしましたから。増収、増益さえしていれば、社員さんはある程度黙っていますよね。昇給と賞与がちゃんと頂けるのですから。今はバブルが崩壊して20年。「社長、いつまでそんなゴルフや夜のお付き合いだと称して現場を見てくれないんですか。お得意先に一緒に回ってくれないんですか。運送会社をやっているのに、荷物くらいたまには届けて下さいよ」というような声が聞こえるのではないでしょうか。

タクシー会社をやっているのだったら、社長が1日1時間でも2時間でもいいから、タクシーでお客様を乗せて走りましょう。そうすると車の調子も整備状況も分かりますし、防犯をどうしたらよいか、「運転手さんの為に何か防犯を考えてあげなくては。見ず知らずのお客様を後ろに乗せて走るのはやはり気持ち悪いな」と、色んな知恵が出ます。ヒントが分かります。

大病院の院長先生は必ず白衣を着て診察をします。院長先生が背広姿で仕事をしているというのは、あまりイメージが湧きません。現場主義という事じゃないでしょうか?そういう事が必要な時代なのです。

経営者自らそういう姿勢で、朝から晩まで休みも取らないで懸命に働く、そういった仕事ぶりは創業者にしか出来ません。創業者は年間4,380時間以上平気で働けます。12時間×365日です。確か4,380時間です。1日も休みを取らない、365日12時間やるのですよ。それは創業経営者にしか出来ません。2代目さん、3代目さん、役員では出来ません。創業経営者は、好きで会社を大きくして、借金をつくって、好きで始めた経営・仕事ですから、何の苦もありません。辛いとも、遊びたいとも、休みたいとも思わないのが経営者、創業者です。

そんな休みも取らないで仕事をしたら身体が持たない、そう思ったら1日12時間10分働くのです。1日10分は30日で300分、5時間ですよね。5時間×12ヶ月で60時間。1日12時間で割ったら、5日休めます。5日じゃ少ないと言うのだったら、12時間30分働けば15日休んでいいとなる。15日も休めば普通は十分ですよね。労働基準監督所は何も文句を言いません。経営者は働かなければ損ですよ。経営者の特権ですから。労働基準局から過重労働を止めなさいなんて、私は言われた事がありませんからね。
 
経営の知識が足りない、経験が不足している。そうだとしても経営をまずやればいいのです。失敗をし、過ちを犯したら、ちゃんと教えてくれますから、次に活かせばいいのです。ただ、心、姿勢、これがあやふやだと駄目です。いくら人脈が豊富で、軌道に乗せるのが早くても、よそ見しては駄目ですからね。前の経営者、社交的な経営者、お付き合いの上手い人。同じ意味ですか?友達の多い人、趣味が豊富な人、器用な人、営業力のある人、皆よそ見しますよ。最初は不眠不休で必死に上手くやるのです。

休みを厭わない。売り上げにもならないような商売でも嬉しくてしょうがない。同じようにスタートするのです。1年、3年、5年の間に段々だんだん脱落してきます。よそ見し始める経営者がどんどん出て来ます。その間隙をぬって、私はうさぎと亀の亀で、32年間コツコツコツコツと積み上げただけです。25歳から53歳までの実質28年間です。お客様本位でやった。穴もいっぱいありますよ。元々能力があるわけじゃなく、不器用ですから。でも、向上心があって、目標を常に追っていた。率先垂範をした。それだけの事です。
 
そんな中で、2割の役員が育ったのです。2割と言っても、5人いた中で1人です。社員をABC分析した場合、Aランクになるような人は財(たから)と書く人財。これは2割います。給料分働く人は、人材。これが6割。Aランク、Bランク、最後にCランクですよね。一生懸命やろうとする人の足を引っ張ったり、業績の足を引っ張ったり、実際にはそういうつもりはないのでしょうけれども、Cランクとなる人罪は2割います。20%のAランクがいれば、必ずとは言えないにしても右肩上がりになるのではないでしょうか。だから「2割でよいのです」と辞めた後は言えるのです。

実際に経営者をやっていると、そんな事を言っていられないでしょうが。目の前で起った事を、「何でそんな事をするんだ」と言いますけれどね。特に笑顔がなかったり、お客様に感謝の気持ちが伝えられなかったり、そういう事は我慢出来ません。売り上げが上がらないとかいうのは二の次でいいのです。姿勢です。数字よりもまず考え方、姿勢、行動です。それが良くないと、長続きしませんから。勢いだけで経営は出来ないですからね。

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今日現在、出店は国内外で1,200店舗を超えました。最初は月商70万で、年商1,050万。お手元の資料の経営者通信という雑誌がありますよね。1号店からのグラフが載っています。僅か1軒の店が、1200店舗を超えるまでなるのですから。こんな事は奇跡でも起りません。M&A、吸収合併はないのです。1軒1軒全部積み上げてきたのです。私が代取の時、不採算で閉めた店は2軒だけです。実際私が社長で閉めた店は、初期の頃に1軒だけ。初期の頃の創業3年目くらいの店です。まぁ、家が近いからいいだろうと。基本的に立地なんて考えませんでした。

努力をして積み上げて行くのが経営だと思っていますから。最初は苦労するもの。最初から上手く行くから失敗する。そんな例の方が多いのではないでしょうか。最初から順風満帆、順調に行ったが為に、2年目3年目によそ見し始めて、やがては消えてしまう、あるいはなんとか細々と生活の為にやっているだけという、そういう経緯をたどる店は、食堂業に限りませんが結構多いのです。

最初は苦労をしなさい。だから、立地調査をしません。地域に何人生活して、何人の人が店の前を歩いて、何台の車が通って、男の人が何割住んでいるか、そんな事関係ありません。目的を持って、「あなたの店が良いから何軒もの同業の店を通り越して、あなたの店に来ました」という、そういうお客様に支えられるのです。それこそがやはり、商売をやっていて1番の喜びではないでしょうか。自分の努力でお客様を増やしていく。単に「立地が良いから売り上げが順調」というよりも、その方がいいと思うのですね。

奇跡とも言える事として、ココイチというのは、値引きを一切しないんです。牛丼戦争の切り抜きを飛行機の中で見てきましたが、黒字決算、増収、増益の企業さんもあれば、赤字決算の企業さんもあり。居酒屋業界では、2百何十円の均一メニューを1社がやると、皆安売りに追随する。ライバルにしか目が行ってないのですね。それが私にはわからないです。何でライバルの動きに一喜一憂しながらやらなければいけないのか。何でお客様の方を向いた商売をしないのか。

それには経営者が現場に入っていないと駄目です。経営者が役員、社員、店長に「お店は任せたよ。日報だけちゃんと書いてくれ。売り上げはちゃんと必達してくれよ」、それでは駄目です。経営者が現場にいて、現場の事をよく知って、社員さんが何をどう考えているか、お客様が何を不満に思って、何をして欲しいと思っているのか。それは、お店に入ると手に取るように分かりますから。そうしたら、ライバルが何をしようが関係なくなります。もうこのまま行く事が1番良いのだと私はずっとそういう思いでやってきました。
 
ですから、らっきょうもお金を頂きます。30円。原価も高いのでタダで出したくなかったのです。「らっきょうにお金を取るなんて酷いじゃないですか」とよくお叱りを受けました。お客様からのアンケートはがき、大体300通、400通、500通、「らっきょうにお金を取らないで下さい」と言われました。

「値下げをして下さい。企業努力が足りませんよ」というのは千通か千通以上くらい頂いています。私が現役の頃は大体月間3万通、1日千通アンケートはがきを頂いていました。1987年からアンケートはがきを導入しました。導入した理由は、お客様から悔しい思いをお聞きしたい、ココイチを利用して酷い目にあったとか、無視をされたとかいう悔しい思い、「もう黙っていられない」、そういう事を私に教えて下さいとという思いから始めたのです。天の声ですよね。普通だったら、中々耳に入って来ません。

店長が叱られても、日報で上がって来るのはその2割か3割に加工した分しか上がって来ない。それもよほど表だった問題にならない限りは。お客様の厳しい声を、悔しい声を直に聞きたいという事です。ですからレジの横に回収BOXを置く事なんて考えませんでした。お客様が店内で悔しい思いをはがきに書いて、帰りに清算をしてレジの所に入れたら、お客様だって心配だし、そんなのがちゃんと私の所に行くのかどうかと思うでしょう。回収BOXを開けるのは店長・社員さんですから、私も心配ですし、やはり郵便ポストに投函していただこうと思いました。
 
もう間もなく私は62歳です。53歳で引退するなんて最高じゃないですか。別に歳は関係ないですよ。情熱とパワーがあれば、70でも80でもやればいいのです。皆さんから期待されているのだったら、「社長、いつまでも頑張ってやって下さいよ、社長がいなくなったら不安ですよ」と言うのだったら、やればいいのです。うちは、私以上の人が育ったので(引退しました)。

最初は皆さんびっくりしますよ。ある日突然、「もう浜島俊哉さんに社長を譲りますから」といきなり言うのですから。発表する時は一気ですから。最初は取引先さん、周囲の多くの方はびっくりしていました。しかし一切不安の声は上がって来ませんでした。今日現在、ずっと増収、増益で前期まで来ました。
 
収益を確保するために極限までの値引きをして、人を削って、取引先さんにもバイイングパワーで、あんたの所で買ってあげるから、安くしてくれと無理に無理を言って、社員さんも過重労働で、何か用事があったらベル鳴らして下さい、なんていう店もあります。私達にはそんな事考えられない。やはり商売はどんな業種でもそうですが、社長と社員さんも人です。心から、真心を込めて商売をして、感謝の気持ちを伝えて、というのが商売だと思っていますから、省力化して売上至上主義で、ライバル社になんとか勝とうというような事までして、私は商売をしようなんて思った事がありません。

でも、お客様には価値を認めてもらわないと来ていただけませんから、普通の値段で適性利潤は頂きますと言って、接客サービスや掃除を疎かにしたら、何の魅力もなくなってきます。お客様は、安いが1番で、安い方に行きますよね。そうならないように、総合点でお客様に評価していただこうという思いでやって来たわけです。今日現在も、客単価800円頂きます。

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私はご当地に来て、さっぱりしょうゆ味しかまず食べないのです。しかし、こちら(福岡)はとんこつですよね。そこで行くとカレーライスは私でも出来た1つの理由には、全国共通であったことです。と言うよりも、今や世界共通ですね。あの1つの皿に盛りつけて、トッピングを乗せて、あの食べ方はアメリカ流ともいえます。また中国流と言ってもいいかもしれません。箸ではなく、スプーンで食べるのですから、ウィーンに出したって、ロンドンやパリに出したっていけますよね。もうスプーンで気軽に食べられる。

今の社長は「いずれインドにも出します」と言っています。もう台湾、韓国、中国、タイまでは行きました。段々東アジアやインドも出るのでしょうね。アメリカ本土はロサンゼルスにも出店予定です。世界戦略と銘打ってやっています。今から何か良い商売はないかと思われるのだったら、カレーは駄目でしょうね。カレーはココイチがありますから。
 
そういえば、20年くらい前、名古屋を中心に数十軒程度でまだ細々やっていた時に、「おたく博多に出したんですか?一緒の店が出てますよ」と言われました。びっくりして新幹線の始発に乗って見に行きました。12店舗程ありましたね。カレーハウスCoCo壱番館っていうのです。それはびっくりしますよね。私達はまだ力もないし、真似をされたら大変という時に、そっくり商法で壱番館ですから。なんという商売をするのだろうと思ったら、その会社は5年後くらいには、影も形も無くなりました。

実は、そっくり商法、コピー商法で安易に出店する企業だったのです。だから心がこもらないし、社員の誰かを店長に据えてという事ですから、すぐさま全く怖くなくなりました。2、3年後にもう1度見に行った時には、CoCo壱番館のCoCoがGに変わって、GoGo壱番館になっていました。やる気がないのが手に取るように分かります。その企業の社長にお会いしに行ったら、上場を考えているので不採算の部門を切り離したい、店舗を譲るから買ってくれという事で、譲り受けたのが6店舗でした。後は全部積み上げたものです。
 
珍しい例ですよね。私達夫婦は、全くの素人で始めました。ただ、最初、1軒の目標は月150万円の月商にしようという思いで、70万からスタートしました。150万円の月商になったら2号店を出そう、なんて人にはとても言えない、当時は聞かれるのも恥ずかしいような大きな目標でした。しかし、一生懸命、一生懸命やって、段々、段々目に見えて上がって来ます。

もっとも、分母が低いですから、数十人ご来客の店だったのが、徐々に上がって、10ヶ月後に6万円の日商が達成出来たので、翌年の3月、4月に2号店、3号店を出しました。その時の目標が10軒の店を持てたらどれ程素晴らしいか。めちゃくちゃ大きな夢でしたね。目標と言うか、夢でした。それだって1、2年後に到達しますから。そして30軒になって、50軒になって、100軒になって。100軒を超えた頃から、これは全国どこに出してもいけるという自信が持てました。11年半をかけて300軒にしたのです。

時間はかけました。おたくの店をやりたいから、お金を出しますからやらせてくれというのを、全部結構ですと断りました。1つの例外もありません。お金だけがある、良い所に店がある、人がいる。そんな事は関係ないのです。お金や店や人がなくてもいいのです。ご夫婦で、一生懸命この小さい店をスタートに頑張り続けてくれるのだったらやって下さい。銀行から保証してお金はなんとか調達しましょうという事で始めたのです。

「カンブリア宮殿」(TV)の中でも言ったように思うのですが、最初はじっくりじっくり行って、それを少しずつ伸ばして行くという事ですね。現場を忘れない。どんなに何億と利益が上がるようになっても、創業者は制服が1番です。2代目さん、3代目さんは、基盤が出来た所をやるわけですから、お付き合いも大事にしながらやればいいです。しかし創業者というのは、ゼロからやるのです。仕事が何よりも面白いのですから。全然苦じゃないです。趣味は何ですか?と聞かれたら、「仕事です」といつも答えていました。ある時記者さんが、「いくら経営者でも仕事が趣味という事はないでしょう。何かあるでしょう?」としつこく尋ねる人がいて、うるさいなと思ったので「じゃあ趣味は嫁さんにしておいて下さい」と言いました。それからはずーっと「宗次さんの趣味は奥さん」になりました。

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引退して8年になりますが、究極の楽しみは福祉、音楽、文化、芸術、スポーツで本当に必要とする人に使ってもらう、そういう人に使っていただくことに価値があります。究極の贅沢だと思います。一生懸命夢中でやって来た会社が、4、5年前に一部上場にまでなって、思いもしなかった資産を頂いて、株を少し放出して、「このお金はどうしようか」と2人で話をしましてね。これはもう自分達のお金じゃない。一時預かりにして、世の中の為に使おうという事になりました。
 
私は3年前に宗次ホールというクラシック専用ホールを、個人で名古屋にオープンしたのです。天井が15、16mあって、名古屋の街中で、310席しかないのですが、先程電話をしてみたところ、今日のお昼は満席。12歳の辻彩奈さんという大垣市の、去年の日本ジュニア音楽コンクールで優勝した子が、夏休みなので(コンサートを)やってくれて満席です。葉加瀬太郎さんの奥さんの高田万由子さんが娘さんの向日葵ちゃんを連れて、わざわざ12歳の子のヴァイオリン見たさに東京から来ましたよと言っていました。葉加瀬太郎さんは自分の作った曲だとか、色んな人を呼んで、大ホールを2日、3日満席にするのですが、今回は私達のたってのお願いで、クラシックだけ、ブラームスと、ドヴォルザークのヴァイオリンソナタを明後日から2日間クラシックを演奏して下さいます。
 
私は子供の頃生活苦で食べられなくて、草を食べていました。3月から4月に、正式名称イタドリという草をポキンと折って、皮を剥いて、食べるのです。酸っぱい草です。いつも通る所になるので、今でも毎年思い出して食べています。言うなれば、私は元祖草食系男子です。その時期は、毎日のようにそれが主食でした。あとは、いちじく、金柑、びわ、柿、色んな物を。目についたら、ちょっと頂いていました。そして、ロウソクの生活でした。

明日か明後日発売のサンデー毎日に、名経営者の貧乏の特集をしますからと、4、5日前に取材に来られました。「10日、17日の合併号で載せます」と言うので、「日にちがないのではないですか?」と言ったら、「今から取材に行けば間に合いますから」と言われたので、「じゃあ来て下さい」と翌日来ていただきました。合併号で1冊全部私ですか?書ききれない程ありますよ。めちゃくちゃな貧乏生活は名古屋でも指折りじゃないですかね。全国でも指折りかもしれない。もうとにかくいつも食べ物には飢えていました。だから今、癒し系ならいいけど、いやしい系です。ずっとお腹いっぱいにしないと気に入らないのですね。美味しいものでなくてもいいのです。何でもいい。
 
物欲、金銭欲はありません。食欲はあります。それとあと1つ。生欲です。生きる欲ですよ。60歳を迎えた時に、なんだか不思議と嬉しかったですね。60まで元気に生きて来られたのだと。40、50で亡くなる方もいらっしゃいますからね。60までは元気に好きな事をやって生きて来られた。もうこれでいいと思いました。そのくせ、毎日7種類の薬はちゃんと飲んでいます。

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事業承継のための1番の魅力は、増収、増益を続けるという事でしょう。会社、お店に魅力がないならば後継者がいなくなり、継がせようとも思わないのですからね。こんな大変な商売、もう子供にも誰にもやらせない。自主廃業しよう。ライバルに僅かでもいいから権利を譲って辞めようとかですね。後継者がいないとそうなります。そうならないように、今経営者は現場、原点に戻る以外無いのです。仕事を始めた、創業した、起業した、その時に戻るのです。仕事が面白くてしょうがなかったという事は、どなたも経験があるでしょう。

私は川柳を少しやっています。3、4年前に、川柳は時間もお金も体力もいらないし、ちょっと気分転換に良いなと思ったのですが、やってみたら中々五・七・五がスラスラとは出て来ません。しかし、1、2週間の間に15、6は出来ました。今思い出すと、良いのばかりですよ。「出来過ぎた 妻が今では 出過ぎてる」これは、うちの嫁さんを知っていると「なるほど」と思っていただけると思います。いやぁ、良い奥さんをもらいました。今まで商売を始めて20年、30年の間に何度言われたやら。その都度「冗談じゃない、あみだくじで当たったんだったら運が良いですね、で済まされてもしょうがないけれども、私が自分で選んだんですから」と言いたくもなりました。勿論そんな反論はしませんけれどね。
 
自作の川柳をご紹介しますと「足元の 吸い殻拾うは 社長だけ」これはちょっと真面目ですかね。社長さんが気が付かないと、足元の吸い殻を誰も拾いません。社長が率先垂範してやりなさいよ。社員にばかり文句を言っては駄目です。昼間から外の電球が点いていても、誰も消しませんが、経営者であれば「勿体ない!直ぐに消しなさい」と言いますし、自分で消しますよね。店の前に10cmの雑草が生えていたら、目に入ります。社員さんは10cmだったら目に入りませんよ。20cm、30cmになったら目に入る人が2割くらいいてくれるかもしれない。だから、こういう細かい事は社長の仕事なのですよ、というような川柳ですね。

「足元の 吸い殻拾うは 社長だけ」、「出来た人 早起き掃除 出来る人」。早起きや掃除、早起きする人で悪い人はいませんものね。それは悪巧みをするような、オレオレ詐欺をするような人は、夜更かしをしても朝早くから起きて前向きな事をやりません。「加齢臭 臭い臭いと 愚妻言う」。臭いと愚妻をかけたのです。

「熱心な クラブ活動 予選負け」。今、高校野球をやっています。学生さんのクラブ活動は熱心じゃないと勝ち残れません。ベスト16、ベスト8に行けませんよね。でも、経営者の社長のクラブ活動が熱心だと、もう生き残れない、勝ち残れない。社長さんのクラブ活動は、昼は経済クラブの2大クラブ活動があります。あと、カントリークラブ、ゴルフ。この2大クラブ活動。そして夜のクラブ。そんな所に行くと、女性は皆綺麗に見えるので、やはり踏み外してはいけません。今までが台無しになっても勿体ないですから行きません。そんな事より、社員やお客様と一緒の方がよっぽど価値がありますから。
 
「業績は 遊人の数に 反比例」。ゆうじんは、遊ぶ人と書いた遊人です。「ゴルフ好き 腕が上がれば 株下がる」。昔から言う事ですよね。株下がる、売上下がるでもいいですよね。「シングルは 取引危険の シグナルだ」。これは、シングルとシグナルをかけてみました。やはりゴルフですけれども、こういう事を自慢出来るのは昭和の時代で終わっています。「値下げより 笑顔掃除が 効果的」、「掃除して 汗した後に やる気湧く」私も今日は6時半から8時まで「カンブリア宮殿」にも少し出ましたが、車を引いて、ゴミ入れと空き缶入れと1部ホースが届かない所は、12リッターの如雨露を2つ持って水撒きし掃除をします。

「苦労して 耐えに耐えたら 夢叶う」、「感謝する 気持ち表す 外掃除」「早起きは 皆が出来るが 皆しない」、早起きは良い事ばかりです。良い事を50個挙げなさいと言われたら、私は50個書けます。その中の主な事を、31話の日めくりにしました。これは1冊千円らしいです。1冊千円という事は、1話32円ですから、これで人生が変わるのだったら安いものですよね。買って下さい。
 
人生、経営、掃除、早起き。この四部作は、不幸の日めくりと呼ばれています。これは、全部私が今までやって来た中からの言葉です。勿論言葉としては、昔から誰もが使うような言葉が沢山ありますが、経営の達人でもそうです。「経営が厳しい時は、原点に戻ろう」、「問題は、尽きる事なく現れる」。経営をやっていると、モグラ叩きですよね。それでもいいのです。目標さえ忘れなければ、全部解決しますから。「安売りだけがサービスではない」、「経営の善し悪しは数字ではなく、その姿勢」、経営者や社員さんの姿勢です。「言行一致、理念通りの経営を貫く」、「利益の1%は慈善事業に」。ココイチの利益の1%以上は、慈善活動に使うと内規で決めています。今は全くゆとりの無い人が溢れていますから、少しでもゆとりのある人が助け合う、何か手を差し伸べてあげるという、そういう社会になればいいなという事です。

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「ニコキビハキで会社は変わる」、ニコニコ、キビキビ、ハキハキを少し縮めた言葉です。これは、ココイチの社是です。直営店が4軒の時に4軒の店長を集めて、その時皆に発表をし、これをモットーにすると決めました。昭和55年に出来た言葉です。「ライバル他社よりお客様を見る」、「軌道に乗ってからが本当のスタート」、「経営は今が1番楽」、どこを回っても経営は大変です、大変です。という声ばかりです。そんな事を言っていたら駄目ですよ。明日からもっと大変になると思って、今変わりなさい。今原点に戻って、明日から早起きしましょうよ。早起きから全てが始まるのですから。早起きをして、会社に、お店に社長が1番に行くのです。1番に行って、全部自分でセコムを解除して、電気を点けて、会社、工場、お店の周りを掃除して、自分の車を手洗いして、余った時間にポットでお花を育てて。そういう事をやるんです。2割の社員が付いて来てくれますよ。そしたら会社は徐々に徐々に変わって行くのではないでしょうか。

「外掃除 カッパ着てまで 誰もせず」、私は、台風が来ている、雪が降っている、暑い、寒い、そういう条件が厳しい時の方が張り切ってしまいます。だから、名古屋にいない時は別として、いる時、350日くらいは100%やります。出張でお泊まりが時々あり、そういう時は出来ませんからやりません。ココイチの現役の時は、出張先でもやっていました。博多に来ても、札幌でも、スーパーさんで頂くゴミ袋を持って、朝空き缶を回収して、自販機の所で捨てさせてもらって、こだわりで30分やっていました。

「酒飲めて 幸せなのは 自分だけ」。私も休肝日が取れなくなってしまったんですが、美味しそうに飲んでいる人に聞くんです。「お酒が飲めて嬉しい?幸せ?」と言うと、大抵10人が10人馬鹿な事を聞くなという顔をします。当たり前だろうと。酒屋さんには申し訳ないけれども、本当にそう思っているのは自分だけで、家で待っている家族や、社員さんや、お客様や、取引先は社長がお酒に強いとか、楽しい酒を飲むというのは誰も喜ばないし、自慢にしてくれないのではないですか?
 
お酒の依存症で人生廃人みたいになるケースも山程あります。家庭内暴力だとか、飲むと性格が変わる人もいます。性格が変わる人とお酒を酌み交わしていたら、トラブル・事件になりますよね。だから、お酒の名前も”福娘”や”天使の誘惑”などという名前をつけないで欲しい。少し飲んでみると、良い事があるのではないかと思い飲んでみたくもなります。逆に”清酒 落の底”だとか、”本格芋 身の破滅”だとか、”懺悔”だとか、そういう名前をつけるか、手術前の肝硬変を患った写真をラベルに使うか、そんな事をしてもよいのではないかと思います。お酒は飲む人の自己責任で、幸せなお酒を飲む人も多いです。私も毎晩飲みますから、それは認めます。しかしその反面、人生を誤って、家族を不幸に陥れて。家族だけならまだいいです。赤の他人を傷つけ、人生を狂わせるのですから。そういう意味で、「酒飲めて 幸せなのは 自分だけ」、ちょっとは自制心を持って飲むといいなと思うのです。
 
「創業は 夢と苦労を 買うものだ」。創業を考えて、独立します、起業します、経営者になります、という人は、勿論不安はあるのでしょうが、目を爛々と輝かせて報告に来てくれたり、アドバイスを求めに来てくれたりするのですが、悪い所からスタートしなさいと言います。事業計画を見ると、収支が合うような事業計画なのです。こんなふうに行くわけがないですよ。支払いや家賃だとか、出る方はそれはもう計画通りです。入って来る方の売上、収入は2分の1、3分の2くらいだろうと思った方がいいし、その方が結果的には良いのではないかと思います。最初は散々苦労するという事です。
 
「ライバルに 一喜一憂 情けない」、3年くらい前の句です。自分流の経営をして、オンリーワンですよね。オンリーワンがいくつかになってくると、やはりナンバーワンが出て来るのです。朝から1時間掃除するなんて私しかいない。9時半に始まる5時間以上も前に起きて、始動しているのですから。恐らく日本一です。ある程度の休みを取らない社長としても、私は日本一だと思います。休みはいりません。勿体ない。こんなに楽しい事は、毎日したい。ストレスなんて溜まりません。仮に溜まったとしても、仕事で、現場で発散出来ます。人生の達人は「人間に生まれただけ幸せ」と言いました。こんなのは皆さんピンと来ないと思いますが、孤児院育ちでしたから。
 
私は15歳で自分の本当の誕生日を知って、自分の名前を知って、自分の親が違うという事を知ったんです。謄本を見たら、徳二になっているんです。私はモトハルと呼ばれていたんです。「お父ちゃん、何で名前が違うの?」と聞いたら、競輪でいつも負けて縁起が悪いから、4歳の時にお前の名前を変えたんだと言われました。3、4歳で養父母に育てられて、幸か不幸か孤児の中で、「お前が1番可愛かったから、もらってやったんだ」と言っていました。「面影がありますよ」と言う人もいます。今でもこれだけのものですから、そりゃあ可愛かったと思います。それが、私の本当の不幸の始まりです。

人間万事塞翁が馬。その通りですよね。孤児院にいたならば、3度の食事と、世話をしてくれる先生と、遊んだりする友達とそれなりに楽しくやれたと思うのです。商売をそっちのけで、養父は競輪にのめり込んでギャンブル三昧。そして、財産を無くし、岡山へ夜逃げして、そこからが私の苦難の時代です。食べる物も無い、住む家も無い、ロウソクの生活。養母は別れて父親との生活。私の日課は、4キロくらい離れた三井造船所のある玉野市のパチンコ屋さんへ行って、床に落ちているタバコの吸い殻拾いです。モク拾いなだけに、いつも黙々と拾っていました。これは笑ってくださいよ。それを、唯一の家具のりんご箱に置いておくのが日課でした。15歳までそんな生活でした。

明日は給食がないので、弁当を持って来なさいと言われても、持って行く弁当が無いんです。大体ご飯がないんですから。ご飯を食べるなんて、月に1日か2日かという感じでした。するめがおかずだとか、大豆を煎ったものがおかず、時には醤油をかけるだけ。花鰹が標準的なうちのおかずでした。しかし、ご飯がある時はマシで、持って行く弁当が無いので、皆が弁当を食べて校庭に出るまで、私は1人で隠れていました。そんな生活をしていたんです。
 
多分そういう生活が、私の今日の源泉でしょう。遊びたいとも思わない、人に喜ばれたい、喜んでいただく事を常に考えたい。そういう経営者人生を送る事が出来たので、それは有難かったなと思うのです。こういう事ですね。草でも鳥でも魚でもない、人間に生まれただけ幸せ。殆どの人にはピンと来ないでしょう。日本に生まれて、今の時代に生きて来られただけで幸せです。これからの人は大変だと思います。人間の歴史で、私が生きて来た時代が1番良かったのではないかなと思います。

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今の人は今の人で、「今の方が楽しい、面白いですよ、エキサイティングですよ」と言うかもしれないですね。「人に迷惑をかけない人生は、それだけで素晴らしい」。細かい迷惑は始終です。私なんて嫁さんから、「あんたなんて百害あって一利なし」と言われていますから。迷惑は色んな人にかけるんですが、警察のお世話になるような、そういう迷惑をかけない。それだけでも素晴らしいです。ありのまま、シンプルに、自然体が1番。「誠実な生き方には心の満足がある」、「自分に厳しく」。役員、社員にも厳しくありましたが、自分に1番厳しくあろう。これは崩しませんでした。自分に対して1番厳しくありたい。オンリーワン、ナンバーワンがある。仕事を趣味にしよう。創業経営者でしたら、「最大の趣味が仕事です」とそこまでは言えませんが、私はそうでした。

「私には、2つの大きな趣味があります。そのうちの1つが仕事です」と言えるような経営者、創業者でないと駄目なのではないでしょうか。2代目さん、3代目さんでしたら、3つの大きな趣味の内の1つが仕事です。あとはゴルフです。もう1つは何々です。旅行ですなどあってもいいと思うのですが、仕事が3大趣味の内の1つに入った方がいいです。「遊ぶ友人よりも、優れた友人を増やそう」、Aランクの友人ですね。家族や社員さんが安心してくれるようなお付き合い。「始めるより 続ける方が 難しい」、創業守成という言葉です。続ける事は難しい。「人の嫌がる事をやり続ける」、「苦労をして、努力をして、耐えた分だけ幸せになる」、「人生のレースは自分との戦い」、「謙虚にひた向きにそして果敢に」、「人生逆もまた真なり」、「人間万事塞翁が馬、あきらめないこと」、「人生は年中無休」、「夢を信じて努力をすれば、きっと花は咲く」。商業界さんから秋に発刊されます、55の独断と偏見集をまとめた、宗次流独断と偏見語録集の中に、「夢を持つな、目標をもて」という言葉があり、日経新聞から出る本のタイトルにしました。
 
「自分に甘い人は早起きをしない」、朝起きは何時でも辛いもの。早起きは続けても身につかない。私は、毎朝目覚ましでやっとの思いで起きるのです。「得意でいいですね、私は早起き出来ないのです」と言う人は沢山います。しかし、冗談じゃない。経営者は絶対早起きが得意にはなりません。経営者は遅寝早起きですから。大体23時前に寝るなどという事はないです。私は音楽ホールを運営していて、打ち上げに参加すると、日が変わったりすることもあります。よほどの音楽家さんの時以外は出ないようにしています。それでもコンサートの際には、お出迎え、お見送りをきちんとします。9割くらいのコンサートで、開場の15分前、すなわち開演の1時間前から入り口で、「いっらっしゃいませ、ありがとうございます」、「こんにちは」、「ようこそ」、「お久しぶりです」、1人のお客様に二言くらい声をかけます。「何故そこまでするんですか?」、「音楽ホールで、コンサートホールでそんな事をする所はないですよ」とよく言われます。「でも、それが嬉しいんです」と言う人が圧倒的に多いんです。

そして、音楽を折りたたみ椅子で聞かせていただき、アンコールが終わると真っ先に入り口に出て、今度はお見送りです。必ずします。雨でも、寒くても、暑くても。それだけお客様に感謝しても、しきれないです。経営の達人が、「お客様 笑顔で迎え 心で拍手」。25歳でひょんな事から喫茶店を始めたそのお店で、夫婦でいつも1番にご来店するお客様の姿が見えたら、拍手をしていたんです。

半年後に私が言葉にしたのが、この「お客様 笑顔で迎え 心で拍手」です。これは、25歳で私が作った標語です。白い紙に青いマジックで書きました。松下幸之助さんも立派な標語を何千、何百と残していますが、こんなに立派な標語はありません。自画自賛ですが、これは経営者にとっては1番の標語です。150円のコーヒーをお客様が飲みに来て下さるのが嬉しくて、拍手をしてお迎えするんです。経営者の間、その気持ちをずっと持ち続けたという気がします。それが幸せだったと引退した時に思いました。これは日本一の標語だと私は決めつけています。日めくり4部作とこの本が、私が推薦する推薦図書のナンバーワンです。良い事がいっぱいですよ。
 
この本の中で今写真がありましたが、これ。毎朝6時から、有志の2割の社員と空き缶でタワーを作ったんです。掃除をして、空き缶でタワーを作った。去年の秋に初めてイタリアとフランスへオペラ鑑賞旅行に行きました。オペラハウス巡り。ミラノのスカラ座、フェニーチェ歌劇場、パリのオペラ座。これは、下が嫁さんです。じっくりご覧になりたいのでしたら、お買い求めいただいて、こういう嫁さんかと。「カンブリア宮殿」をご覧になった方から沢山反響がありまして、ホールの表に立っていると、「しっかりした奥さんですね」と随分言われました。この11月12日で、結婚をして39周忌になります。11月12日は命日です。結婚は人生の墓場なり。正にその通りです。今では、ラフランス男、洋梨と言われています。「行ってきます」と家を出ると、「永久にね」と返されます。帰る所が無いので、家には帰るのですが。
 
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事業承継の手法は沢山あります。税務上はこういう所を気を付けて、資本金はどうとか。「どのようにして後継者を決めたんですか?」と聞かれるんですが、私は気が付いたら、私を超える人がいてくれた。人間的に信頼出来る、誠実、信用、これが1番です。能力がある、なしは二の次です。能力があって、営業力があって、頭が切れるような人は必ず裏があります。そんな人よりも、誠実、人物的に素晴らしい、これに限ります。バランスの問題はあります。まるきり良いというわけではないです。しかし、そういう人はそこそこ努力をしますから。そして、周りが認めてくれるような人。能力だけで選ぶと、マイナス部分が多かったりするのではないかと思います。
 
引退して8年が経ちますが、私は未だにストレスが溜まりません。私は経営の事で一切口出しをしません。社長室は壁1枚隔てた隣にあり、咳払いをしたら、お互いに今日もいるなとわかります。最も、私が後で行ったら、「社長、おはよう」と声をかけます。そういう狭い所です。私の嫁さんは、まだ会長職をしていますが、日本で1番質素な部屋です。これも日本一です。社長室も本当に田舎の坪50万円で建てた所で、ココイチらしいからここを動かないでやって行こうと言っています。

そういう社長です。人間的に魅力がある。それが1番ではないでしょうか。後はもうコツコツと、前向きに目標を追い続けてやってくれたらいいと思います。経営者も、誰に引き継がせようかという際に、社長が候補者を2人ないし3人選んで、競わせ、その中から、誰か1人を後継社長に決めようとするんです。そんな事私には出来ないです。切磋琢磨して、優勝劣敗で優れた人が社長になる。良い事もあるかもしれませんが、何度も言うように、数字に表れる事ばかりではないんです。だから難しいです。8年経って、私が1度もストレスを感じた事がないというのは1番の幸せです。成功と言えるのではないでしょうか。
 
今でも色んな人から「素晴らしい事業承継が出来ましたね。本当に躊躇したり、後ろ髪引かれる事はないんですか?」と言われますが、一切ありません。ゼロと言っていいくらいです。それが素晴らしいからと言って、よく事業承継のセミナーに呼ばれます。公開企業の部で私自身は、日本一の事業承継の成功事例。耳には中々入って来ないですが、未公開の企業で、代々続いて立派な事業承継をしている所はあると思います。ただ、内情は大変でしょう。事業を引き継ぐ、託す。託される方と託した方。1つ何かをすると言っても、何かあるんでしょうね。

私は元々幼少の頃から1人で生きて参りましたので、人と相談する事が嫌なんです。苦手なんです。反論でもされようものなら、もう駄目です。「もう面倒くさい、任せた」と言うか、私が確たるものを持っていたら、頑として聞かないです。その代わり、朝から晩まで誰よりも会社の事を考えていますから。自分の身は経営に捧げています。最初は命がけで始めて、上手く行きかけた頃によそ見をしないで、ずっと身を捧げながら働いて来ました。誰よりも真剣で、誰よりも長時間会社の事、お客様の事を考えながらやって来た。

その私が考えて、「こうだ」と言う事は譲れません。創業者病と言えなくはないです。お山の大将で、時には裸の王様。朝令暮改は山程あります。創業者ならではという所はあります。どちらとも言えなくはないという事は、任せたらいい。やってみれば結果が出ますから、それでいいのです。

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経営を軌道に乗せて、利益を上げるのも難しいですが、過去から現在を見てみると、今日ほど楽な日はないんです。明日からもっと厳しくなるんです。まず経営者が、経営幹部がリーダーシップを発揮して、率先垂範をして、現場第一主義に立ち戻って、後はお客様第一主義。お客様というのは、家族、社員、地域の方、取引先、対価をもって利用して下さるお客様。関わる人全てをお客様と一言で称するんです。ですから、自分の事は二の次という人生です。これをやれば、きっと上手く行きます。

上手く行けば、事業承継も本当に問題なく解決するのではないでしょうか。最後に残った集大成ですから。良い事業承継が出来るかどうか。その時には出来ても、後になって発生しては大変な事です。エネルギーを使うので、そういう意味で人選を誤らない事ですね。そして、潔く、綺麗さっぱり100%身を引く。これは、私が行ってそう思います。確信を持って言えますが、潔くゼロにする。役員にも残らない。そういう身の引き方が1番良いのではないでしょうか。執着しない。権利、権力、地位、お金、名声。そういうものに執着をしないという事です。
 
辞めて、自分の生き方を見つけないと駄目です。辞めた後もやる事がないと周りも困ります。私は、辞めた日には何も考えていなかったんです。辞めた明くる日、自分は素晴らしい後継者にバトンを引き継いだ。さあ、自分は何をしようか。そうだ、これまで多くの人にお世話になって今日まで来たのだから、社会の為にお返しをしよう。それならば、色々なエンジェルになろう。という事で、NPOを立ち上げました。色々なエンジェルというのが語源で、イエロー・エンジェルです。黄色が好きだからイエローだというのは多少ありますが、そればかりではない。本当の語源は、色々エンジェルなんです。

プロゴルファーのテスト前に助成をしたり、会計士を目指している人で、家庭的に恵まれない3人に奨学金を出したりしています。2人のゴルフ部の生徒に奨学金を出しています。石川遼さんは3年ほど前に、来月から奨学金を出すという所で優勝してしまって、もう必要なくなりました。あれは今でも残念です。しかし、年賀状だけは来ます。1年くらい前にプロテストに受かって、女子プロになっている子にも出しています。日本に来て勉強をしたいというアフリカのマラソンランナーにも奨学金を出しています。奨学金だけでも、過去20名以上に出しています。留学する音楽家さんにも出しています。今現在でも2人に出しています。ホームレスさんの支援団体など、様々な所に出しています。

とにかく助け合いです。税金をきちんとごまかさないで申告する事も経営者の義務ですが、多少でも余裕があるのでしたら、経済活動をさせてもらっている、仕事が出来る、その喜びを恵まれない人にも目を向けてあげるという、そういう優しさがなければ上手く行かないのではないですか?
 
だから、私が言う5つの実践で、人生も経営も上手く行くというのがあります。早起き、掃除、花を育てる、チャリティーをする、クラシック音楽を聴く。この5つを実践すれば、絶対に上手く行きます。5つ全部でなくてもいいのです。全部するのは、日本中探しても私くらいしかいません。3つやればいいのではないですか?まず早起きです。花を育てるのでも、プランターに3つか4つのポットを入れたらてんこ盛りになります。マリーゴールドでもポーチュラカでもサフィニアでも、今の花でしたらてんこ盛りになります。お店の前に少し早く行って、毎日水をやる。

それを近隣の方が見ている。「凄い社長さんだな」と言われて。そんな打算が働いて、褒めて下さいという事でやっていたのでは続きませんが、そういう事が姿勢として伝わって、あの経営者は信用出来る、信頼を裏切らない経営をしているはずだ、やがては利用していただけるようになるんじゃないですか。経営は、そういう小さい事ばかりです。まずそれが出来ないと駄目ではないかと思います。事業承継の話をしなくてはならないのに。あまり具体的にはね。千差万別、百人百様で様々な例がありますから、こういう問題は基本通りには行きません。会社の状況だとか、社員さん、自分の子供さん等、対象者がどういう力量か、人物か、人間性か。それも百人百様です。まず現経営者が真剣に自分の足元を見直すという所から始めなければ、上手く行かない気がしております。

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まだまだ暑さも厳しいお盆直前ですが、気象条件も大変ですけれども、世界的に何が起こるかわかりません。ですから、行き当たりばったりが1番いい、というのは私の持論です。今日を一生懸命やりましょう。明日以降何があるかわからない。ライバルの動向にしても、リーマンショックが突発的に起ったり、石油が暴騰したり、世界で何が起こるかわからないんですから。まず、今日を精一杯。早起きから始めましょう、というのが持論です。

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添付資料(印刷用にご利用ください)

講師:宗次 德二

㈱壱番屋 創業者特別顧問
宗次ホール 代表

昭和23年、石川県生まれ。昭和53年1月、カレーハウスCoCo壱番屋創業。 平成10年6月、株式会社壱番屋代表取締役会長就任。平成14年6月、創業者特別顧問就任(現職)。平成15年1月、NPO イエロー・エンジェル設立、理事長就任。平成17年1月創業継栄塾、塾長就任。平成19年3月、音楽を通じた社会貢献の一環としてクラシック専用「宗次ホール」オープン代表就任。 (受賞) アントレプレナー大賞部門、中部ニュービジネス協議会会長賞(1994年11月)。第6回企業家賞(2004年6月)、まちかどのフィランソロピスト賞(2008年2月)
日時・場所

2010年8月9日(月)
14:00~16:00
福岡商工会議所 505号室
博多区博多駅前2-9-28
TEL 092-441-2161
JR博多駅博多口より徒歩約10分
地下鉄祇園駅5番出口より徒歩約5分
有料の立体駐車場がございます。

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